KYODO HOUSE -Art of Living 近藤ヒデノリのブログ

クリエイティブディレクター\編集者\ソーシャルアクティビスト 近藤ヒデノリのブログ

7/15/1999

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船にのって2日目。天気は申し分ない。海も静かだ。僕は他の乗客と中華料理の昼食を済ませ、喫煙室で煙草を吸いながら海を眺める。風景は昨日とまったく同じで,美しく非日常的だ。その静けさから、僕は映画「トゥルーマンショー」に出てきた巨大な映画の背景画を想像する。その中で、僕らの船は突き当たりまで進んで行き、描かれた空にぶつかって悲しい乾いた音をたてる。天候は頻繁に変わる。天気がいいと思うと雨が降ってきて、また天気になる。まるで気紛れな映画監督がコントロールしているみたいに。

僕は外の静けさにちょっと飽きて、小さな変化や動きを探しはじめる。さっきから隣の部屋で、誰かが中国語でカラオケを歌っているのが聞こえてくる。朝から歌っているらしい。あるいは単に違う人が交代で歌っているのかもしれない。どうでもいいけど。
何人かは、探偵が一ケ所残らず点検するみたいに船の中をぐるぐると歩き回っている。僕もそのひとりだった。船の三つのフロアーを歩き回り、すべての共有スペースや客室などを見て回る。異常なし。何人かはロビーでテレビを見ている。昨晩の日本シリーズの録画が放映されていたが、最後の最後になって無線の具合が悪くなったらしく、放映は途切れた。
何人かはピンポンをしている。僕らも昨日は夜中までしていた。途中でひとりの中国人のおばさんが仲間に加わる。想像以上のうまさに、僕ら日本人勢はこてんぱんにやられる。でも、船の上でピンポンというシンプルなゲームをするのは、なぜかとても気持ちがいい。ゲームを続けながら、僕はタケシの映画「ソナチネ」のワンシーンを思い出す。ヤクザが沖縄の浜辺で相撲をとるシーンだ。数日後には敵と戦って命を落とすかもしれないことを知りながら、彼らは浜辺で子供のように相撲をとる。まるで三州の川を渡る直前で、時が静止したかのような美しいシーンだ。
僕らにはもちろん、そんな物騒な予定はない、というより、予定というもの自体、なにもなかった。明日の朝、港に着くという以外に。無限に続くかのような卓球のストロークは、そんな引き延ばされた時間感覚に、やけに合っていた。

とにかく暇だった。暇すぎて時間が止まりそうな感覚になるのを、自分が動くことで取り戻すかのように動き回っていた。非日常的な退屈さ。そんな退屈さがとても新鮮だった。